【ピッチサイド小話】伊佐耕平の“野性”を復活させた1本の電話
■復帰後初のフル出場で大仕事をこなす
第11節・藤枝戦で先発し、90分間走り抜いた伊佐耕平。吉平翼との2トップのコンビネーションも良く、持ち前のしつこいチェイシングで前線からの守備に貢献し、攻撃でも果敢に起点をつくって清本拓己の得点につながる大仕事を果たした。
2月末に負った左膝半月板損傷からの復活劇。全治約3ヶ月と診断されて以来、懸命にリハビリをこなし、驚異的なスピードで回復しての戦線復帰だ。
今季はスタートから、これまでにない意気込みを見せていた。練習への取り組みに真剣さが増し、体のケアに時間をかけるようになった。野菜を食べないことで知られていた“偏食アスリート”ぶりも返上したようで、熊本キャンプではカイワレを口いっぱいに頬張る姿も目撃されている。
昨季第41節、大宮がJ2優勝を決めて歓喜に沸く様子を、NACK5スタジアムの薄暗い通路で黙って見守っていた背中が忘れられない。期するものを胸に今季を迎えたのだろう。それだけに、開幕目前の負傷離脱は無念だった。
ベンチに入れない間、ホームゲームは関係者用の部屋ではなく記者席で見ていた。試合分析の深みも増し、ルーキーの頃からひたすら奔放だった“野生児”が、会話にも理知的な思考回路をのぞかせるようになっていた。
■蓄えてきた力が開放へと導かれた
藤枝戦後のミックスゾーンでは「前節は抜け出す形も出なかったが今日はシュートを6本くらい打った」と手ごたえを口にした。何よりも見ている側まで楽しくなってしまうような躍動感が頼もしかった。C大阪U-23戦のあと、チャンスを迎えながらシュートを打たなかったシーンについて「まだ試合勘が?」と聞くと「うん…」と歯切れが悪かったときの伊佐とは見違えるようだ。
何かあったのかと問うと、伊佐はこんなエピソードを明かしてくれた。
「昨日、昔サッカーを教えてもらっていた人から突然電話がかかってきて。『サッカーは遊びやからな』って言われて、それでプツッと切られたんですよ。それで、ああそうやな、ちょっと硬くなりすぎてるのかなと。勝たなきゃいけない試合ですけど、楽しくやれたらいいなと思っていつもよりちょっと気を緩めたというか、ユルめにやりました」
唐突に出現した電話の人物について詳しく問いただすと、どうやら神戸市立科学技術高校サッカー部のOBらしい。伊佐の高校時代にはすでに30代だったという大先輩で、自身がFWだったこともあり、折に触れて伊佐に助言していたという。C大阪U-23戦で復帰した伊佐の姿を見て、ひさしぶりに電話をかけてくれたのだった。
負傷離脱中にじっと蓄えてきた力を開放へと導くような、一本の電話。高校時代から伊佐のことを見守ってきたからこそ掛けることが出来た一言だったのかもしれない。